私達の行く先は天ではなかった。
第参話 本村愛華の場合④
ここで、私のために私の話を書いておきましょう。私がこの章を撫でた時、フラッシュバックに襲われるかもしれません。
しかし、私がそれらを忘れて妄想の世界にのめり込みすぎてしまわないように、念のために書いておきます。
かつて、小学校低学年の頃でしょうか……。
私はクラスメートからいじめに遭っていました。
男女関係なく、ただ私が「根暗で泣き虫」だと、それだけの理由で彼らは肉体的、精神的共に追い詰めてきたのです。
最初は無視から始まりました。
暗い私のことなんて、「見えない」というように、そう扱いました。
それが段々エスカレートしていって、「見えない」が、「要らない」に変わりました。
ある掃除の時間、私はトイレ掃除の担当でした。
私が一生懸命に汚れを落としていると、突然足下にだけですが、バケツで水をかけられたのです。
当時は冬でしたから、その水の冷たさは氷のようでした。
靴や靴下には汚水が染み込み、泣き出しました。
それでも先生に心配かけるまいと言い出すことも出来ず、クラスメートはただそんな私を指さして嗤っていました。
他にもあります。
同年の昼休み、泥団子を作って遊んでいると突然男子が私の後頭部を掴んで砂場に顔を沈ませました。
当然、目に砂が入ります。
私は泣きながらほぼ開けられない目で転びながらも水道に向かって走ります。
足を引っかけられます。嗤われます。
けれど、泣いてもいじめが止むことはなく、この結果、視力が落ちて眼鏡をすることになりました。
両親はこの事に対して、「お前が強くないからだ」と言いました。
そして、「小学生のやることだから仕方がない」とも言いました。
私はその通りだと思いましたが、どうしてかやっぱり涙が止まりませんでした。
この視力の件から、私は代償としてか、あの力を手に入れました。
根暗だと嗤われても、私には大好きな本たちがいるから大丈夫でした。
難しい本でさえ、能力を使えば簡単に理解することが出来ました。
国語のテストだって、毎回満点を取れるようになりましたし、おかげで私は彼らを密かに見返すことができたんです。
私は能力が発現してから、学校帰りには毎日近所の図書館に通いました。
家に帰っても両親が忙しく、どうせ私一人だったので本が私の全てだったのです。
借りた本をランドセルから出し、本が元々あった場所の隣の本五冊を借りてランドセルに詰める。
本当はもう少し借りることが出来ましたが、幼い私には教科書と、図書館の本五冊を運ぶのが精一杯でした。
今もそうなのですが、家に帰ると、大体ラップがかけられたご飯が置いてあって、「レンジにかけて食べてね」という趣旨のふせんが貼ってあります。
私はそのご飯を温めて食べた後、自室に戻ってランドセルから本を取り出します。
そして、本を右手でそっと撫でるのです。
その能力から、すぐに「読み終わって」しまいます。
しかし、深夜まで両親が帰ってこないので、高層マンションの上の方に位置する部屋の窓から外をぼんやり眺めては内容のわかりきった本を自らの目で読むことにしているのです。
深夜、両親が帰宅すると、私は決まって玄関で両親を出迎えます。
しかし、彼らは私に冷たく、ただいまも言わず、「忙しいんだ、後にしてくれ」と言います。
私は寂しくなり、自室に戻って本を読む「作業」に戻るのです。
本は、私に全てを与えてくれました。
本村愛華の場合④
2020/05/01 up
2022/06/19 修正